拍手(十二月二十三日〜)


ー正しい応急処置のやり方ー(月城)



「ではこれより、緊急時の応急処置についての実践練習を始める。」

「「「えーー!!」」」


部活が始まる前のミーティングで、手塚は部員一同に向かって声を高らかに宣言した。が、当然反対の声は出てくるわけで…

「なんで部活の時にそんな事しなくちゃいけないんスか!?」
「めんどくさ…。」
「授業で一回やったじゃーん!」

上から、桃城、越前、菊丸の順番でぶーぶーと不満を口にする。
声には出さなくても、まわりのみんなもめんどくさそうな表情だ。

「まあまあ、みんな。これはもし自分が緊急時に立ち会った時に素早く正確に行動する為の練習なんだ。 授業で一回やっただけじゃほとんどの人が身についていないだろうし、なによりこれは、人の命に関わってくる問題なんだ。 やっておいて損はないよ。」

そんな部員を見て大石がすかさずフォローに入る。
セリフでわかる通り、彼はこの練習にかなり乗り気のようだ。

「部活でも全体練習をやってほしいとの、学校からの指示でね。まあ、そんなに何度もやるわけじゃなく、最低1回はやればいいだけらしい。」

最後とばかりに乾が肩をすくめながら諭す。
そんないかにも『俺も本当はやりたくはないんだが仕方ないんだ。』的な態度の乾に、部員達も不満を静め始める。
やらせる側の人間も本当はやらせたくはないんだとわかると、途端に今までの憤りも無くなるものだ。

……それが彼の狙いであるとも知らずに。

「そういうわけだから、練習を始めよう。さすがにテニス部全員っていうのはちょっと多いから、実践するのはレギュラーだけで。」

テキパキと準備を始める大石。
その姿を視界に入れながらも、五月は気になっていた事をすでに自分の隣に立っている人物に聞く。

「乾ー。それってあたしもー?」
「もちろん、上城にもやってもらう。そして月城、お前は特にだ。」

答えたのは聞かれた本人ではなく、手塚だった。
そして彼の目線は、少し離れた所で壁によしかかっている冬夜に向けられている。

「なんでよ。」
「応急処置なんてもう理解してるからわざわざ授業でやる必要はないと、保健室でサボっていただろうが。」
「サボったんじゃないわよ。ただ寝てただけ。」
「それをサボリと言うんだ。とにかくお前も強制参加だ。」
「…わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば。」

いかにもめんどくさそうにため息を吐く。
そんな友人の姿に五月は笑みを浮かべる。

「えへー。冬夜の負けー。」
「うっさい。」

+++

「では、ここに心肺蘇生法を練習するための人形がある。今日はこれを使って練習する。…上城、まずはお前だ。」
準備が終わり、早速手塚が練習を始める。
呼ばれた五月は、はーい、と返事をして前へ出た。
トテトテと歩いて人形の真横にぺたんと座ると、五月はおもむろにポケットに手を入れ、なにやらごそごそと探り始めた。

「んーと、えーと、あ、あった。はい!飴あげるから頑張ってー。」

「「「違ーーう!!」」」

にっこり笑顔で飴を人形に差し出す五月に全員が声を上げて否定した。

「えー…。」
「どこに負傷者に飴を渡す奴がいる!」

手塚がそう言うと、五月は何か思いついたのか両手を合わせた。

「あ!そっか!飴じゃなくてチョコだよねー。」
「それも違う!」
「上城、人が倒れてたらまずは意識確認をするんだ。」

見かねた乾が手塚を手で制しながらアドバイスをする。

「こんにちは…?」

が、失敗に終わる。

「はぁ…。上城、もういい。月城、お前が見本を見せてやれ。」

これ以上続けても無駄だと判断したのか、手塚が冬夜に声をかける。
呼ばれた冬夜は仕方ないといった感じで前に出てきた。

「はいはい。いい?五月。まずは相手がどういう状態なのかを確認しなきゃいけないの。見てなさい。」

そう言って人形の傍らに膝をつき、冬夜は腕を大きく振り上げ…

バシィィィィン!!

そのまま勢いよく人形の頬をぶっ叩いた。
そしてそのまま首が変な方向に曲がっている人形に向け一言。

「生きてる?死んでる?」

「「「それも違ーーう!!」」」

またもや全員一致の否定に冬夜は不満そうな顔をする。

「なんでよ。」
「お前は負傷者を殺す気か!」
「んなわけないでしょ。意識確認をしただけじゃない。」
「頬を思い切り叩くのの、どこが意識確認だ!しかも問いかける言葉も違う!」
「何よ、グーで殴った方がいいっていうの?」
「そんなわけあるか!」

放っておいたらいつまでも続きそうな言い争いを止めたのは、やはり乾だった。
ちなみに他の人達は巻き添えをくらわないように少し距離を置いている。
…賢明だ。

「手塚、抑えて抑えて。確かに月城の今の頬を叩くのはあっている。実際は頬じゃなくて肩が望ましいが。直接刺激を与えてやることで意識がはっきりする場合もあるからだ。」
「ほら。」
「お前のは強すぎだ。」

乾の説明を聞いて、冬夜が手塚に向かって咎めるように言うが、手塚も手塚で譲らない。
また言い合いが再開するかもしれない状況に、乾が慌てて声を上げた。

「えーと、じゃあ不二。かわりにやってみてくれないか。」
「クスッ、いいよ。」
「不二なら安心だな。」

手塚の安心したような表情を見て不二はにこやかに笑い、人形の横にしゃがみ込んだ。
その際、人形の首を元に戻してやるのも忘れない。

「もしもし、大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
「そう、これが正しい意識確認の仕方…。」

肩を叩きながら不二が人形に話しかけているのを見て、手塚はやっと正しい処置の見本が見せられたというように口を開く。
が…

「フフ、まあ大丈夫じゃなくても僕は別にいいんだけどね。むしろ入れ物にちょうど良くて好都合かな。あ、生贄に使っても良いよね。あとはいろんな実験に使ってあげてもいいし…。」

「「「待て待て待てー!!」」」

途端に黒い笑みを浮かべてとんでもないことを口走る不二に、みんな慌てて制止をかける。

「あれ?どうしたの?みんなして青い顔して。」

不二はどうして止められたのかわかっていない表情で首を傾げる。
そんな不二に手塚は真剣な表情で近づき両肩に手を置いた。

「不二、お前は今後一切目の前に負傷者がいても手を出すな。」
「え、なんで?」
「どうしてもだ!…はぁ、乾。実践はもういい。説明してくれ。」

どことなく疲れた表情の手塚に苦笑しつつも、乾はノートを広げて説明を始める。

「仕方ないな。まず負傷者の周囲に注意を払いながら、意識確認をする。 この時、肩を軽く叩いて、呼びかける声をだんだん大きくしていくんだ。 もしも呼びかけに反応しない場合はすぐに通報して気道を確保。 人工呼吸を開始する。それでも意識が無く呼吸もない場合は心臓マッサージだ。」
「そう、これこそが正しい応急…。」

納得したように腕を組んで頷いている手塚。
が、それを遮るかのように乾はパタンとノートを閉じニヤリと笑みを浮かべて口を開く。
…その際、キラーンと眼鏡が光ったことをここに追記しておく。

「だが、そんなことをするよりも、この乾特製緊急時用スペシャルドリンクを飲ませれば、たちまち回復すること間違いない。」

「「「ストーーーップ!!」」」

手にはいつの間に取り出したのか、禍々しい色をした液体が入ったコップが。
みんな止めつつもズザザッとそこから距離をおく。

「死ぬ!そんなの飲んだら絶対死ぬ!てかなんだよ緊急時用って!」
「心外だな。これには意識回復、呼吸安定、怪我の回復促進の効果があって、材料に…」
「だー!言わなくていいッス!余計直視できなくなります!」
「ねー冬夜ー、やっぱりチョコあげればすぐ良くなるよー。疲れた時にはチョコを食べるといーって言うじゃん。」
「あんた馬鹿?意識ないのにどうやってチョコ食べさせんのよ。」
「フフフ。それよりもせっかくの遺体なんだから有効利用しないと。」
「遺体って、まだ死んでないッスよ。」

もはやみんな好き勝手に行動している現状に、手塚はひとりため息を吐き、鞄から何かを探している大石に声をかける。

「…大石、俺にも胃薬を分けてくれないか?」
「もちろんだよ、手塚…。」

声をかける手塚も、振り返って弱々しい笑みを浮かべる大石も、片手で胃のあたりを強く押さえていた。
そして目が少しだけ潤んでいるように見えるのは……たぶん気のせいではないだろう。

「「はぁ…。」」

二人のため息がまわりの喧噪に紛れ、かき消された。

END


うちの手塚は結構苦労人です(笑)