拍手(十月二十九日〜十一月十九日)


ートリック・オア・トリートー(月城)



「trick or treat!」
「……は?」

退屈な授業をやっと1つ終えたばかりの休み時間。
いつものことながら勝手気ままに教室に侵入してきた五月―――もちろん後ろにはしっかりと乾が付き添っていた―――は、私を見つけるといきなり嬉しそうにそう言った。

「だからー、trick or treat!」

私の反応が不満だったのか、少し頬を膨らませてもう一度その言葉を口にする。

「乾。」

どういうことだ、と目の前の人物のすぐ後ろに立っている乾に説明を求める。
呼ばれた乾は私の言いたいことが伝わったのか、

「ほら、今日はハロウィンだから。」

さっきからみんなにそう言ってお菓子をもらってるんだ、と手に持った小さな紙袋をヒョイと上げて見せた。
なるほど、確かにその中にはいろんな種類のお菓子が入っている。
つーか乾、あんたは五月の荷物持ちか…。

「よくそれだけの菓子を集められたな。」

隣に座っていた手塚が袋の中身を見て呟く。
私ももう一度中を覗いて確認すると、手塚の言葉に強く同意した。
とてもじゃないが学校始まってからみんなに声をかけたとしても、到底集められる量じゃない。
みんながみんな、お菓子を持っているわけじゃないしね。

「登校してる時にも、すれ違う人みんなに声をかけてたからね。」

私達の疑問にすぐに乾が答える。
その時の事を思い出しているのか、顔にはしっかりと苦笑を浮かべながら。

「ねー冬夜ー、とりっく おあ とりーとぉ〜…。」

いつまで経っても答えを返さない私に痺れを切らしたのか、五月が制服を掴んで何度も引っ張る。
…それを言えばみんなお菓子をくれるとでも思ってるんじゃないだろうか。
あり得なくはない、とふと浮かんだその考えに少々、いや、かなり呆れながらも
腕にしがみついて離れないこの親友に言葉を返す。

「残念だけど、私今日お菓子持ってきてないのよね。」
「えー!」
「そのかわり悪戯できるんだからいいでしょ。」
「やー、お菓子がいいー…。」

途端に落ち込む五月。
どうにかしてくれ、と隣に目線を送ると、それを受け取った手塚は仕方ないなとばかりにため息を吐いた。

「上城。」

顔を上げた五月の目の前に手を差し出す。
その上には飴。
さっきまでの落ち込みが嘘のように五月が顔をパッと明るくする。

「飴だぁ〜!!」
「それで今日は我慢しろ。」
「うん!ありがとー手塚ー。」

目的の物を手に入れて満足したのか、五月は軽い足取りでさっさと教室を出て行く。
もちろん乾も、じゃあまた後で、とそれを追いかける。

「はぁ…。ありがと手塚。」
「いや、かまわない。それより月城。」
「何?」
「trick or treat?」

一体、どういうつもりなのか。
規則を今時珍しいくらいに真面目に守り、教師に少しは遊べと言われようとそれをきっぱりとはね除け、なおかつ初対面の人には絶対年相応に見られない顔と態度を持つあの手塚が、だ。
何をどう血迷ったのかやけに綺麗な発音で"trick or treat"と口走ったのだ。
クリスマスだろーがバレンタインだろーが、とにかくイベント事には決して自分からは関わろうとしなかったのに。
信じられない以前に信じたくない。
あんた、本物の手塚?と聞かなかった自分を、誰か褒めてほしい。

「…どういうつもり?」
「いや、何となくイベントに乗ってみた。」

ただの気まぐれかよ。
思わずため息が出る。

「さっき聞いたでしょ?私お菓子持ってないって。」
「ああ、確かに聞いた。菓子がなければ…悪戯か?」

その言葉を聞いてふと思いついた考えに、私は心の中で一人ほくそ笑んだ。

「へえ、どんな悪戯をしてくれるの?」

そう言いながらススス、と静かに近づく。
手塚は気付かない。
おそらく、人に悪戯というものを今までしたことがないからだろう。
どんなことをすればいいのか、今必死になって考えているに違いない。

「そうね、たとえば…。」

さり気ない仕草で顎に手を添え、ほんの一瞬唇を頬に触れさせる。

「こんなのとか?」

驚いてこちらを見た手塚の顔が、途端に真っ赤になる。
予想どうりの反応に笑いがこみ上げてくるが、ここで爆笑したら彼の機嫌を損ねることになるのでなんとか抑える。
それでも口元が笑みを浮かべるのは止められない。

「月城!!」
「なーに?ぷっ、ふふふ…。」
「笑うな!!」

あー面白い。
これだから手塚をからかうのはやめられないのよねー。
でもね、手塚。

「これくらいで赤くなってるようじゃ、私に悪戯をするなんて10年早いわよ。」


END

めずらしく手塚が攻めてみたけど、やっぱりかないませんでした。