いつまでもこの関係が続くんだって…いつのまにか信じていたんだ。




あの日の約束





「留学!?」
「ああ。」

屋上に呼び出され、開口一番に留学することにしたと言われて私は思わず彼の方を振り向いた。
驚いて声を上げた私に比べ、彼は努めて冷静に返事をする。
さっきまで私がしてたように、屋上の手すりに寄り掛かってそこから見える景色に視線を合わせながら。
その横顔を、その真剣な表情を見て、私はそれが彼の単なる冗談ではないのだと実感した。
いや、もともと冗談を言うタイプじゃないけどさ。こいつは。
だからなおさら、本気なんだと感じた。
おそらく彼は、手塚は、本気でプロを目指す気だ。
そのために、まだ高校2年生なのにも関わらず留学を決めたんだろう。
留学する、という一言で彼の気持ちを理解できる自分に、少し嬉しくなる。
手塚と知り合ってもう5年目になるのか…。理解できるわけだ。いつだって側にいたんだから。

「いつ?」

でも、留学なんて…。

「来週の日曜には日本を発つつもりだ。」
「そんなに早く!?」

来週って…なんでそんな急なのよ!
何もそんなに早くに行かなくても…。

「なるべく早くに行きたいんだ。早いほうがいい。」

私の考えてることがわかったかのように言ってくる手塚。



―――ああ…。
こんなふうに、何も言わなくてもお互い相手の考えてることなんてわかってたのに。
ずっとそうやってきてたのに。
今、それがなくなろうとしている。
悲しい…のかな。そうだ、悲しいんだ。
今まで一緒だったのに突然いなくなるから、寂しく感じているんだ。
手塚のバカ。
こーゆー時、相手の気持ちがわかるって嫌になる。
わからなかったら、なんで今まで黙ってたとか卒業してからでもいいじゃないかとか言えたのに。
わかるからこそ、理解できる。理解できるからこそ、そんな簡単に言えない。

今まで黙ってたのは、なかなか言い出せなかったから。
もし伝えてしまったら、いろいろと気まずくなると思ったんでしょ?
なんで黙ってたって言われるのわかってたのに、私達の事を考えてあえて黙ってたんだ。

卒業を待たずに向こうへ行くのは、早くもっと強くなりたいから。
誰にも負けないくらいに、強く。
自分はもっと上に行ける。
更なる高みを、目指すんでしょ?

でもさー、余計な心配はかけたくないっていう心構えは立派だけどね、手塚。
これが相手が私じゃなかったらどうするつもり?
絶対聞かれるよ?
口下手なくせに、自分の気持ちを正直に話せるの?
ほんとに、バカなんだから。


「みんなには?」
「いや、まだだ。今日の部活の時にでも言おうと思う。」

どうせ、

『留学することにした、来週には日本を発つ。
 みんなには迷惑をかけるが、お前達なら大丈夫だと思っている。
 すまない、頑張ってくれ。』

とか一方的に言って質問は受け付けないんだろうなー。
まあ、じゃあとりあえずこの問題は片付いたとして…。
私は背中を手すりに預け、極力手塚の方を見ないように空だけを見て、ポツリと言った。

「…私との約束は、どうなるの?」

そう言った途端、横で手塚が俯いたのを気配で感じた。

「…すまない。」


手塚も私と同じように、ポツリと返す。

「……。」
「……。」

しばらくそのままの状態が続いた。
慣れ親しんだ静寂。そして、静かすぎるほどの沈黙。



「中1の時、約束したよね?
 手塚は生徒会長、私は副会長になって、2人でこの学園をもっといいものにしていこうって。
 高校に入ってからも、ずっとって。」

先に沈黙を破ったのは、だった。
手塚は身体の向きは変えずに、顔だけをに向ける。
それでもは空だけを見続け、まるで独り言のように続ける。

「今までずっとそれを守ってきたっていうのに、一方的に破るの?
 あんたがいなくなったら、誰が生徒会長をやるのよ?
 私はあんた以外の生徒会長にはついていきたくないんだけど。」

あんたがいなくなったら、私はどうしたらいいのさ。手塚…。

。」

手塚が姿勢を正してこちらを向く。
その真剣な声に、も思わず手塚の方を向いた。

「約束は、破ることになってしまう。それに関してはほんとにすまないと思ってる。」

瞳を決してそらさずに謝罪する手塚。
その目を見て、不覚にも私は視線をそらすことができなくなった。
引きつけられた。

力強い彼の意志を宿したその瞳に。

「俺はアメリカへ行く。そこで俺はプロを目指す。誰にも負けないくらいに強くなる。
 だから、、お前には俺の変わりに生徒会長になってほしい。」
「…は?」

予想してなかった言葉に思わず間抜けな声が出る。
生徒会長って…私が?
ちょ、ちょっと、何言ってんのよ。

「お前なら、俺がいなくてもきっとうまくやっていける。この青学を、よりいいものに変えられるだろう。
 そのかわり、俺はもう2度と負けないと約束する。だから、お前に全てを任せたい。」

何よ、それ。
私が生徒会長になる変わりに、あんたはもう2度と負けないって?
勝手に決めないでよ。
ほんとに、もう…。

「…うそつき。」

本当はもう覚悟はできてた。
留学すると聞いた時点で、そうなるんじゃないかと思ってた。
ただ、そのまま納得するのは癪だったから、ちょっと言ってみただけ。
でも、素直にわかったなんて誰が言うか。
そんな事、言いたくないね。

私はまだ、完全に納得なんてしてないんだから。

「礼を言う。」

手塚が少しだけど、苦笑して答えた。
こんな捻くれた言葉でも、彼にはしっかり伝わったらしい。
ああ、もう…。
ほんと、こーゆー時気持ちがわかるって嫌だ。

「あっさり負けて帰って来たら承知しないからね。
 ぶん殴ってでも呪いかけてでも送り返してやるから、覚悟しときなよ。」
「ああ。」

それなら尚更負けられないな、と今度はしっかり苦笑しながら答えた。

「…ふん。」

何か悔しかったから、また手すりに寄り掛かり顎を片手で支えて肘をついた。
そしてそのまま景色を眺める。
…こいつと一緒にこの景色を見るのも、もう残りわずかか…。

。」
「なによ。」

視線だけを手塚へ向ける。

「青学の生徒達を、頼んだぞ。」
「…当たり前でしょ。」

無理矢理景色に視線を向けて、聞こえないくらいの声でポツリと呟いた。
絶対聞こえないくらいの声量だったのに、後ろで手塚が笑った気がした。






次の週の日曜日、手塚はたくさんの仲間に見送られてアメリカへ発った。
空港から飛び立つ飛行機。

「私は約束を守るから、あんたも今度こそ約束守りなさいよ。」

まわりにいるみんなには聞こえないくらいの呟き。
でも、あんたにはしっかり届いたよね。




「…じゃあね。私の最高のパートナー。」





過去の約束を新たな約束に変えて、私達はまた走り出す。
決して交わることはない、けれど、決して遠くに離れることもない、それぞれの道を。








――――――――
SIDE STORY1話目で出てきた約束の部分です。
どうしてこの物語に手塚がいないのか、これではっきりしましたか?
このあと越前も青春学園高等部には入学せず手塚の後を追い留学します。
そしてが約束を守ったかどうかは…、また次の話ですかね。

KAMIJO Satsuki(後書担当←あまり今回仕事してません(笑))